乳がんの歴史
紀元前3000年、イムホテプによる乳がん治療の記録があり、世界最古のがんです。おっぱいは体表にあり、分かりやすかったのでしょう。
古代ギリシャの医師ヒポクラテスが、おっぱいが真っ赤に腫れ「カニ(cancer)のようだ」と表現したことが、キャンサー(cancer)の語源になっています。
1804年、日本で初めて全身麻酔により行われた手術は、花岡青洲による乳がん切除でした。残っている手術所見には、岩のように固いことから「乳岩」と表記してあります。ここから、日本語で「がん」と呼ばれるようになりました。
乳腺組織の基本構造と乳がん
乳腺は体表にあります。肋骨の上に大胸筋があり、その上にくっついています。
乳頭(乳首)から放射状に小さい袋状の小葉が広がり、この小葉で母乳が作られます。作られた母乳は乳管を通って乳頭から外に出て、赤ちゃんに栄養を与えます。
小葉の周りを脂肪と支持組織が囲み、血管やリンパ管が張り巡らされています。乳がんは、小葉または乳管から発生しますが、乳管から発生するものが9割以上になります。
乳管細胞の一部ががん化し、管内でがん細胞が徐々に増えます。管内だけで増殖するものを「非浸潤がん」、管外へ破れ出たものを「浸潤がん」と呼びます。管外へ出てしまったがん細胞は、血管やリンパ管に入り込み全身にとんでいくリスクがあります。そのために、非浸潤がんはステージ0、浸潤がんはステージ1以上と進行具合を区別します。
乳がんは増えている
がん全体の数が増えている中で特に乳がんは増えていて、今は生涯のうちに11人に1人が罹るとの統計データがあります。
久留米大学のがん5年生存率データでは、胃がん71.1%、大腸がん72.9%、肺がん40.0%、肝臓がん36.9%となっている一方、乳がんは92.7%と高く、がんの中では死亡率は低いです。乳がんはすごく怖い病気ではなく、しっかりと治療することが大事です。
他のがんでは年齢を重ねるほどに罹りやすいですが、乳がんは40代と60代で罹る人が多く、比較的若い人でも罹りやすいという特徴があります。
乳がん罹患率は、1980年と比べどの年代でも倍近く増えていますが、特に40代では爆発的に増えています。 「自分はがんとは無縁」、「がん家系ではないから」、「触っているけど何もない」と検診に行かない人が多く、自分で触ってしこりに気付いても「高齢だから乳がんにはならない」、「聞いている乳がん症状とは違う」からと受診しない人が多いです。
また、不安な気持ちを抱えていても、「行って病気が見つかってほしくない」、「男性医師に診てもらうのは嫌」、「どこで診てもらったらいいのか分からない」ということを多く耳にします。
乳がんの症状
乳がんは種類が多く(20種位)、タイプ・性格が様々で、症状も多様です。
乳房に現れる症状として、しこり、痛みや張り感、乳汁の分泌、乳頭・乳輪のただれ、皮膚のひきつれなどがありますが、乳がん症状とは限らず、また、女性ホルモンの影響で生理現象として痛むこともあるので、症状だけで乳がんを見つけることは難しいです。
何かしらの症状がある場合には、検診ではなく医療機関を受診しましょう。検診は異常がないことを確認するものです。
乳がん検診
ステージ0やステージⅠで乳がんが見つかった方の10年生存率は9割近いですが、ステージが進むにつれ生存率は下がります。早く見つかるほど、予後が良くなります。
乳がんの発見のきっかけで一番多いのは自覚症状があってからの受診で、6割に達します。その次は検診で、3割くらいになります。検診で乳がんが見つかった人はステージ0ないしステージⅠが多い一方、自覚症状あってから受診した人ではステージ0はほとんどなく、ステージⅡやⅢが増えてきます。
症状が見つかってからの受診ではどうしてもステージが進んでからの発見が多くなります。これは、検診受診率が低いためで、2013年データでの検診受診率は42%です。近年では、ピンクリボン活動やSNSの広がりもあり、検診率は少しずつ上がっています。
乳がん検診の基本はマンモグラフィ検査で、腫瘤や石灰化がないかを読影します。マンモグラフィ検査では若年者の乳房は濃く映り、授乳期は特に濃く白く映ります。このため、若い人では乳がんを見つけにくいため、若い人はマンモグラフィ検査を受ける必要性は低くなります。
マンモグラフィ検査の欠点として、痛い、被ばくがゼロではないといったことがあります。マンモグラフィ検査の被ばく量は、飛行機に乗り海外に行くよりも圧倒的に少ないです。米国のデータで、35歳から75歳まで毎年検診を受けた時の被ばくによる発がんリスクのよりも、検査を受けて乳がんが見つかり助かった確率のほうが大きかったとする報告もあります。
マンモグラフィ検査は、乳がんの初期症状の一つの石灰化が発見しやすいという特徴があります。ごく小さな石灰化は、超音波検査では非常に見つけにくいものです。また、超音波検査は検査技師の技術力によるところがあります。
検診には、自治体のサービスで行っている対策型検診と、ドッグ検診などの任意型検診があります。対策型検診では一定年齢以上などの制限があり、マンモグラフィ検査のみになります。任意型検診では、マンモグラフィ検査、超音波検査、PET検査などがあります。
模型を使ってのセルフチェック
検診を受けると共に、セルフチェックをしましょう。
皮膚の上からなぞりながら自分のおっぱいの形を知って、毎月触ることで以前との違いをチェックします。鏡の前で左右差・乳首の向きを見る、乳首を押してみて汁が出ないか確認する、座わった状態や寝た状態で腕を上げて指の腹を使ってなぞるように触ってみましょう。
乳がん予防
乳がんになりやすいものには色々ありますが、特にこれと言って自分で予防できるようなものはありません。普通に生活をしている上では、特に摂ってはいけないものはありません。
乳がん治療
乳がんの治療は、個別化治療がかなり進んでいます。同じステージでも治療方法が異なり、遺伝子タイプに合わせて治療薬も決めていきます。
参加者と先生の質疑応答
Q.セルフチェック時の力の強さはどのくらいですか?
A.力は必要なく、撫でるように触って下さい。検診(2年に一度)の間にできる中間期乳がんを見つけるための自己触診です。まずは触って自分のおっぱいを知って、違和感に気付くことが出来るようにすることが目的です。縦、横、回すように触ってみましょう。
Q.ホルモン補充療法が乳がんの危険因子として聞きましたが、本当にリスクが上がるのですか?
A.更年期治療でよく使われるホルモン補充療法ですが、乳がんのタイプによってはリスクが上がることもあります。
Q.唾液や尿で乳がんを発見することはできますか?
A.乳がんが見つかることもありますが、非浸潤がんでは血管にがんの素因が入ることがないため、唾液などでは検出できません。
Q.石灰化は、どのくらいの期間でできるのですか?
A.乳がんが見つかることもありますが、非浸潤がんでは血管にがんの素因が入ることがないため、唾液などでは検出できません。一般的な乳がんでは、1㎝大になるまでに5年くらいかかると言われています。石灰化を作るタイプの乳がん、作らないタイプの乳がんがあります。石灰化がどのタイミングで出るかも乳がんのタイプにより異なり、石灰化も種類が色々あります。また、がんが作り出す石灰化の他、乳が固まってできる石灰化もあります。
Q.乳製品や白砂糖は、乳がんの危険因子になるのですか?
A.白砂糖については、乳がんに関してのデータはありません。米国のデータでは、乳製品は「可能性が全くない」といった書き方はしておらず、「不確実」としていると思います。
Q.ホルモン療法で、子宮がん、卵巣がんのリスクが上がりますか?
A.タモキシフェンは、子宮体内膜増殖が起こるとのデータがあり、55歳以上で子宮体がんリスクが上がるという注意喚起がありますので、55歳以上に限らず子宮がん検診を受けるよう指導しています。30代、40代で罹ることの多い子宮頸がんには影響がありません。卵巣がんへの影響に対する話もありません。
Q.出産歴がない、授乳経験がないことが危険因子になる理由を教えてください?
A.出産経験がない、初潮が早い、閉経が遅いということは、女性ホルモン(エストロゲン)にさらされている期間が長いということで、これが乳がんの原因になります。多くの乳がんがエストロゲンを元にして大きくなるためです。授乳に関しては、1人産んで1回授乳したくらいでは、がんへの影響はほとんどありません。リスクを下げるのは3人以上への授乳になりますが、授乳期間や授乳方法にも関係します。授乳中はエストロゲン量が減るためです。
Q.40年くらい前と比べて乳がんが2倍に増えているのはなぜですか?
A.出産年齢が上がっている、脂質・塩分の多い食生活が影響しています。また、ストレスにさらされている人が多いことも理由になります。乳がんは増えていますが、亡くなる人は増えていません。検診率が向上し、検査機器の性能が向上したことで、早期発見できるようになったことも、乳がんが増えている理由になります。
Q.男性乳がんについて教えて下さい。
A.男性の胸はペタンとしているのでしこりが出てきたらすぐ分かると思いますが、自分の体を触ることがあまりないため、1~2㎝位の大きさになって気付くことが多いです。乳がん患者のうち0.5%位が男性です。
Q.乳がんは遺伝性が強いのですか?
A.乳がんと言われた人の4~7割は遺伝が関係していると言われています。明らかに高確率で遺伝が関係していると認められる場合、自費で検査ができます。また、乳がんが再発した患者が使用する有効薬の処方の為に、保険適用で遺伝子チェックをすることができます。ただし、日本では倫理的な問題が整っていないため、遺伝子チェックはあまり進んでいません。それよりも、検診をきちんと受けることが大事です。
感想
・今回のセミナーを受講し検診の重要性を改めて感じました。昔と違い、乳がんは早期発見、早期治療で治る病気です。検診、セルフチェックで早期発見に努め、身近な人の悲しむ姿を見ないようにしたいと思います。
・模型を使ってのセルフチェックは分かりやすかったので、早速今日からやってみます。
日 時 :2019年10月30日(水)15:30~17:00
講 師 :櫻井 早也佳先生(久留米大学病院乳腺外科助教)
参 加 費 :1,500円(資料、ドリンク、お菓子付き)
会 場 :久留米大学福岡サテライト(福岡市中央区天神1-4-2 エルガーラオフィス6階)
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